2010年3月31日水曜日

ドドマです

無事にタンザニアに到着し、ダルエスサラームで一泊して早速ドドマに移動しました。同一プロジェクトへの2度目の短期専門家なので、ダルの事務所では簡単な挨拶と打ち合わせだけで、初めて来たときのような安全対策や健康管理のブリーフィングはなしでした。
前回から5カ月しか立っていないので、改めて聞くこともないとは思いましたが、ちょうど雨期に入ったところだそうでずっと曇り空で、気持ちがスカッとしないせいか、マラリア対策だけは相談させてもらいました。

ドドマまでは車で6時間程ですが、前回は乾期に来ていて分からなかったのだけど、タンザニアも雨期には全体的に緑に覆われているようで、きれいな景色でした。前回、冬の阿蘇の草千里と似ていると思ったところは、今回は夏の草千里に変貌していました。
初めてザンビアに行った時がちょうど雨期明けで緑が濃くてとってもきれいなときだったので、ザンビアが好きになったのだけど、タンザニアも、なにもンゴロンゴロ国立公園だけでなく、雨期になるときれいな木々や山裾一面の草原が見れるのねと思って、うれしくなりました。
ただね、雨期の田舎の道路はどうしてこんなに轍が深いのかと驚くほどドロドロなので、雨が続くとドドマからホンボロまでの車で1時間の通勤が思いやられます。もっと時間がかかるだろうし、運転手さんが下手をすると泥にはまって動けなくなるようなことになるんじゃないかと心配だけど、ま、それほどでもないことを願っています。毎日通勤するのに往復3時間かかるという状況では困るのですよ。ホントに。

いろいろな関係者に、毎日通勤するんですか、と聞かれます。カウンターパートが出勤する限りは私も毎日ホンボロに行くつもりと返事してますけど、どうなることやら。
前回のように、しんどくなったらホテルか本省で仕事すればいいわけで、何とかなるでしょう。

今日、ホンボロに行ってみて、中国の建設業者が工事していた新しいビルがほぼできていたりして、ちょっと変わったようにも思えるけど、たった5ヶ月ですからね、そんなに変わっておらず、またドドマは雨季の時期が違うのか、雨が降ってません。空も晴れてます。ダルと比べると、不思議です。

またもや宿泊先でチャレンジして失敗しました。1週間分の宿泊費を払ったのでとりあえず1週間ここにいて、そのあと前回泊まっていたところに移ろうと思っています。

今泊っているところは、とても安いのだけど、衛生面で耐えられそうにありません。。

2010年3月28日日曜日

今、ドバイです

なんだか忙しい1週間でした。で、すでに日本を立っています。羽田から関空経由でドバイに来ました。

今回は機内であまり眠れず、こちらの朝5時過ぎについてぐったりしています。次の便まで5時間あるのでシャワーを浴びました。それで少しはしゃっきりしたけど、なんだか人が多くて、いったん席を立つと次に座るところを探すもの大変です。

そういえば、前も二人席にパキスタン系英国人の女性と相席になっておしゃべりしたのを覚えています。今回は最初、ジョルダン人の女性と一緒に座って医療費の話なんかをしていますた。
今は英国人っぽい女性と向かい合っています。まだおしゃべりしてませんが。。あ、パソコンを扱っているうちに、バイバイと言って今ゲートに向かってしまいました。 せっかくアジア人好きそうないい感じの人だったのに、会話の相手をせずに申し訳ない。
こういう場所で見ず知らずの人と話すのは結構好きです。一人旅が好きなわけじゃないので、誰かと話すと、気を使うけど、楽しいです。

関空で乗り継ぎ時間が短く急いで歩いていたら、いきなり書類カバンのショルダーストラップの根元の皮が切れてしまいまいた。10年くらい使っている軽いバッグで、たくさん入る割におしゃれ過ぎてあまり重量には耐えられないようだったのでしょうがないけど、肩掛けに出来ないのは移動中では不便です。
ま、取っ手の部分はしっかりしているので今回の出張中はこれで我慢するしかない。

それに加えて、前回タンザニアで購入した携帯電話のスイッチが入らなくなっています。たった3カ月使ってなかっただけでバッテリーパックが使えなくなったのか、それとも電話機自体が故障したのか。

10月にタンザニアから日本に戻る途中にPCが壊れて、何かと壊れますねえ。

壊れると不便ですが、より大きな不運を小さな不運で済ませていると思えば、いいかなと、前向きに思っています。

あとまだ2時間ほどありますが、次はタンザニアから更新します。

2010年3月23日火曜日

箱根

日本は春分の日で3日連休となりました。友人が箱根で結婚の祝宴を開いたので、姉との温泉旅行を兼ねて行ってきました。姉に言わせると今年、都内から箱根方面は「やる気をなくす」方角だそうで、行く前に厄除けのお札を巣鴨のお寺でもらって持っていきました。気休めですけど。。温泉は気持ちよかったし、久しぶりに友人たちに会えていい旅でした。

タンザニア出発まであと4日。落ち着かなくなってきています。

2010年3月19日金曜日

気持ちはすでにタンザニア

追突事故を起こした母はどうやら自分の身体は何ともなかったようで、へこんだ相手の車の修理も治療費も保険で対応できる範囲だそうで、母の車は廃車になりましたが、ホッとしました。

姉と二人してこの3月で実家に引き揚げようかと真剣に悩みましたが、とりあえず母はまだボケてはいないようなので、後1年は頑張って一人暮らしを続けてもらうことにしました。

おととい職場の会食会があり、2次会でケントスに行ってきました。1次会のイタリアンレストランで赤ワインを3杯、ケントスでハイボールを2杯飲んで50~60代の人たちに混ざって踊らされたので、家に帰ってから具合が悪くなり、昨日は1日ぐったりしてました。踊るといってもたいした踊りではなくただ足踏みしてるだけのような踊りなのだけど、ほんとに酔ってるときに疲れることはしたくないです。しんどい。。運動するならもっと健康的な運動の仕方があるというものです。無理やり踊らさせるのはねえ、生バンドの音楽聴くだけで私は十分楽しいのだから、踊りたいわけじゃないのに。。といっても年配者に手を引っ張られると断れない私です。教訓としては、次回またケントスに行こうといわれた時に、私は踊りませんよと、言っておくことでしょうかね。メンツの関係で行かないということは言いづらいときがあるので。

しかしね、50代~60代の人たちのアバやマイケルジャクソンの曲に合わせて踊る姿は、なんだか興ざめするものもありますが、楽しそうで幸せに感じます。いろいろ嫌なことがあっても踊って発散するということができるのはいいことです。私も一応ディスコ世代で働き始めた20代前半は友達に誘われてよく踊りに行ってました。踊りに行くよりショットバーに行くほうが多かったですけどね。。踊って発散するより嫌なことは飲んで忘れるタイプです。

ナイジェリアの仕事は一昨日やっと放免されました。契約期間はとうに過ぎていましたからね、2週間も追加サービスすれば十分でしょう。

今日は体調もだいぶん戻って、朝からタンザニア行きの準備をしています。あと1週間で出発です。資料を読んだり、現地での活動のイメージ作りをしています。
前回お世話になった現地の方々へのお土産も用意したし、そろそろ荷造りをというところです。

2010年3月14日日曜日

もしもの場合

母が今日、自分が運転する車で事故を起こしたと連絡がありました。その後、私はずっと気持ちが沈んでいます。

父が心不全で突然亡くなったのはカンボジア長期出張の合間の日本勤務時で、翌日にまたカンボジアに出発という日でした。上司の指示で出発を見合わせて、葬儀に出られたうえに異例にも10日間も休ませてもらって、その後またカンボジアに戻ることができたけど、母がいつどんなことになるかと思うと、やっぱり海外長期出張や長期の海外赴任は気が重いです。親の死に目に会えないということは不幸なことだと思います。

父の死後、もう二度と海外で働くことはないだろうと思っていたのに、日本で仕事に就けないためにまた海外で働くようになってましたが、出来ればタンザニアを最後にしたいという気持ちが強くなっています。

2010年3月11日木曜日

細かい?

ナイジェリアの調査は最終ドラフトを出したにもかかわらず、細かなところが気になってしまって、自分から修正すると担当者に言ってしまい、それならばと、書き加えてほしいといわれる事項がいくつか出てきて、結局、まだ最終ドラフトの修正版、送ってません。。

自分で言うのもなんだけど、凄く細かいことに気が付きすぎる。きっと読む人によってはどうでもいいことなんだろうけど。。専門外の人が読むと、「とてもインフォーマティブ」らしいのだけど、私はかなり不十分な気がしてます。

そうこう考えて、この報告書とは別に論文を書いてどこかに発表すればいいのだ、と思い至りました。
そういう暇がいつあるんだろう、とも思うのだけどね。

昨日、久しぶりにザンビア仲間と会って牡蠣をたらふく食べてきました。その分お値段も張ってしまって、すみませんね、Iさん、Sちゃん。ワイン代ぐらいごちそうすればよかった。。と家に帰ってから思いました。

Kさんにもらったタンザニア壮行のプレゼントは地球儀の立体パズルでした。出来上がりサイズが直径15センチくらいなのだけど、球体にしていくというのは不思議。糊づけせずにつないでいって途中で崩れたりしないのだろうか。。箱の注意書きを読んだらピースの裏に番号が振ってあって、順番につなげると出来上がるらしい。それってヒントになっているのかどうか。ま、それで10歳くらいの子供でもくじけずに出来るんでしょうけどね。

さてと、休憩はこのくらいにして、もう少し仕事します。

2010年3月6日土曜日

束の間

ナイジェリアから戻って3週間が経ちました。結構きつい仕事だったので、昨日報告書担当部分の最終ドラフトを提出したらホッとしました。この後、担当部分以外のところが他の人から出来上がってくると私の部分で微修正を求められることはあるでしょうけれど、調べて書くということは終わったので、もう安心してていいかなと思ってます。

でも、すでに次のタンザニアの仕事の指示が来ているので、そちらの対応と出発準備をしないといけない。

外に出るのが億劫になってます。