2009年8月30日日曜日

批判

この間、ドイツの援助機関がタンザニア政府と自治体の研修管理者向けに開いていたワークショップで言ってました。

「ドイツ人は批判好きなので研修コースの、特に講師の評価をさせるとおおむね低い評価になるけど、タンザニア人は講師を批判をすることを好まないので評価の点数が高くなる。でもそれだとたいして良くもない講師に対していい評価を与えて、結局何が良くないのか分からずに、能力のない講師や意味のない研修を続けてしまう。」

日本人も研修講師の評価は比較的いい点をつけてしまうのではないかと思っています。1から5までの点数があるとして1が一番いいとするとだいたい2をつける?研修の内容にもよるのでしょうけれど、もし講師や内容をよくないと思っても4をつけるのではないでしょうかね。

1から3までの評価だとすると2が一番多い!?

評価の専門家ではないので一般論ですが、昔マーケッティングコンサル会社でバイトしていてアンケート調査の集計をしていた時に、なんとなくそう思っています。

ドイツ人の考え方ややり方をタンザニア人に導入するより、今まで日本でどういう評価基準を作ってきたかを教えてあげるほうがなじみやすいのかなと、そう思いました。

「ドイツ人はこうする、こう考える」と言われた時の参加者の顔は、あんまり納得してなかったみたいに思ったのは私だけかしら。第3者は私一人だったので何とも言えませんが。

2009年8月24日月曜日

きらきらした切ない思い出

なんて時間がたつのが早いんでしょう。先週は怒涛の1週間でした。

今日は日曜日。昨日は先週の焦りを引きづって金曜日までの仕事で発生した様々な修正作業なんかをしてましたが、今日は朝からぐったりしてました。朝ごはんを食べすぎたせいかもしれません。

日中に2時間ほどお昼寝して、やっと先週が終わったという気になりました。

夜、隊員さんにもらったホームメイドのお酒を飲んでいて、いろいろなことを考えていました。

ひとつは、「タンポポのお酒」。

中学生の頃、レイ・ブラッドベリにはまっていました。かれこれ30年前でしょうか。

ストーリーなんかは当然覚えているはずもなく、ただ、きらきらとした印象しか残っていません。

なぜ思い出したかというと、イーストで発酵させて作られたお酒を飲んでいるからでしょう。

当時、タンポポでお酒を作れるということがあまりよくわかりませんでした。

でも、今飲んでいるお酒、糖分のない、本来とっても酸っぱいものを原材料としていてそこにお水とイーストとお砂糖が加えられています。

そうやって自家製酒が作られるんですね。タンポポのお酒ってこうやって造られているのかなと、ふと思ったわけです。

ひとりでいると昔のことを思い出したり、家族のことを思い出したりして、ちょっと切ない気持でいただいたお酒を飲んでいます。

2009年8月15日土曜日

お酒の手作り

2週間前にドドマの協力隊員にご馳走したらお礼にホームメイドのお酒をくれました。

米国のボランティアの人から作り方を教えてもらったそうですが、このあたりでは一般的にその方法でワインが作られているようです。この間見に行った農業祭ナネナネでその手のワインが売られていました。密造酒ってところですかね。

隊員さんの作り方は、ブドウは使わず別の果物を使ってお砂糖とイーストを入れて発酵させています。
これがなかなか上出来です。たまに失敗することもあるそうですが、私がいただいたものは、味は良かったです。ただ、受け取ってから日向を歩いて持ち運んだせいか発酵が余計に進み、ふたを開けたとたんにあふれ出して発泡酒となってました。

その後、研修所の近くのワイナリーからちゃんとしたワインを買って飲む機会が続いたので、その発泡酒、まだ手元に残っています。さすがにイタリア人が造ったワインとは比べ物にならないですが、今晩あたり、また飲んでみようと思います。

恐ろしい話

先週あたりに聞いた話ですが、去年、某国のボランティアが自転車に乗っていて交通事故にあい、瀕死の状態で金品はもちろん、荷物全部を盗まれ、まだ息があるうちに病院に運ばれたものの、なんの処置もされずに放置されてお亡くなりになったそうです。

その事故現場は私のホテルから車で5分くらいのところで、毎日研修所に通うときに通る幹線道路です。

状況は無理な追い越しをした車と対向車線を走っていた自転車との正面衝突とのこと。
追い越しをかけた車は相当のスピードを出していたでしょうから、自転車に乗っていた人がぶつかって吹っ飛ばされるのは容易に想像が付きます。そのボランティアの女性は顔から地面に激突していたそうです。

怖いのは持物を全部盗まれたうえ、息があるにも関わらず放置されていたことです。しかも去年の話。。

タンザニアって、やっぱり怖いです。

緊急医療輸送の飛行機を飛ばしてくれるNGOがドドマにあるのですが、もし病院に運ばれずにそちらに通報されていたら、ボランティアの方は大けがはしても命を落とすことはなかったかもしれません。

国際援助協力の仕事をしていて、どうやったら途上国の人に私たちの意思を理解してもらえるのか、と悩みます。ボランティアの人たちが国際交流とか慈善、奉仕といった善意を持って赴任していても、自国で使えない人だから送られてきているとか、お金が余っていて暇だから来ているとか、そういう風に受け取られていることは、なんだか悲しいことです。

私の場合は、すでにボランティアではなく仕事として来ているので、確かにお金も持っていて、毎日自転車や徒歩で通勤するわけではなくほとんど車を使用しての移動です。だから安全というわけでもないですが、たぶん、ボランティアの人たちよりはかなり安全です。善意を持ってきているというよりも、仕事をしに来ているという気持なので、こちらの人に親切にしてもらえないことに不満を持つとかそういうことはなく、異人として違った目で見られるのはしょうがないと思っています。

でもやっぱりボランティアの人たちがそういう危険な状況に常に置かれていて、タンザニアの人たちにはまだまだ野蛮な人たちが多いということを実感します。
白人のほうが、実はよっぽど危ないというか、アフリカの人たちからはうらみがましい目で見られているのかもしれませんね。

命の大切さとか、外国人が置かれた状況というのをもう少し理解してもらえないものか、と思っても、ここではきっとまだまだ無理なのだろうなと考えています。

2009年8月6日木曜日

息苦しい

Dodomaは呼吸しづらい土地柄のようです。

最初は高地のせいで、ルサカも高地で慣れているはずだから大丈夫だと思っていたのですが、最近呼吸が浅いことに気付きました。

乾燥した砂地でいつも風が強くて砂やほこりが常に舞っています。深い呼吸ができないのはそのせいだという話を聞きました。

確かに、毎日未舗装道路で砂ぼこりをあげながら走っていて、砂ぼこりが車内にかなり入ってきているのはわかっていました。

常に狭いエレベーターの中にいるような息苦しさを感じます。

そのせいか、それとも毎夕の大量の殺虫剤のせいかわかりませんが、疲れやすいのは確かです。

毎夕のサービス(各部屋に殺虫剤の散布)は、いないときにしてもらうのが一番のようです。中に人がいないとみると適当にスプレーしているようです。私がいると大量にまかれますが。。??なぜでしょうね。やっぱり多いほうがいいサービスだと思っているのか。先週はホテルで仕事している日が多かったので毎日大量に殺虫剤を浴びて中毒になるのじゃないかと思いました。

ここ数日、夕方できるだけ遅くホテルに戻るようにしてます。それでも息苦しさはあるので、やっぱり砂ぼこりのせいでしょうね。

2009年8月1日土曜日

できないとは言わない国民性?

またホテルのスタッフにやられました。

簡単に経緯を説明すると、

今日もホテルで仕事してました。
→午後2時過ぎ、バスルームの下水管がボゴボゴ鳴ってて下水が逆流して床にあふれ出してました。
→修理をしてもらいました。
→どうも部屋が下水臭くなってしまったので、「部屋を変えてもらえる?」とレセプションに聞きました。
→調べるから待って」と言われました。
→なかなか連絡がないので、荷物を移動させるのは面倒くさいし、臭いも気にならなくなってきたのでレセプションに電話して、「部屋を変えなくていいです、どうせ満室でしょう?」と言いました。
→「今日は満室じゃないのでほかの部屋に移れるから、他の部屋の掃除が終わるまで待って」と言われました。
→荷物をすぐに持ち運べるよう、まとめました。
→仕事してたら、5時半過ぎて、ふと気付きました。「何でまだ連絡ないんだろう、せっかく荷物まとめたのに」
→レセプションに電話したら、「やっぱり部屋は変えられません」だって。
→「さっき部屋を変えなくていいとこちらから言ったときに、そちらから部屋を変えるから待ってと言っておいて、変えられないということはどういうことよ。マネージャーと話がしたいんだけど」と言いました。
→別の番号にかけろと言われて、番号を教えてもらいました。
→その番号にかけたら「マネージャーはもう帰宅しました。この番号はハウスキーパーの番号だから、何でこの番号にかけてるの」と逆にいわれました。
→「レセプションがこの番号だって言うから。。とにかく私、怒っているんだけど!!」

それで、レセプションに直接行って、明日私はマネージャーに会いたいから、マネージャーに時間とってと言っておいて」「それにさあ、何でできもしないことをできるって言うわけよ、できないなら最初からできないって言ってよ。私の荷物の量を知ってるでしょう。これまで何度私にパッキングさせては、結局できないってことになってさ、何回目よ、こういうこと!」と怒りまくりました。

軍の制服組の人がレセプションで立ち話してたんだけど、そんなのお構いなしに、私は一方的に喋って部屋に戻りました。。

で、少し落ち着いて、やっぱりねえ、この国の人も、「できない」と言ってガッカリさせるのが苦手みたいです。結果としてできなくても、最初からできないとは言えないみたい。きっとこちらの人は結果、できなくても最終的にはしょうがないと思って、私みたいに怒ったりしないんでしょうね。

「ポレポレ」

以前にこちらに来てすぐに別のホテルで怒鳴りまくっていたら、それを見ていた事務所のナショナルスタッフにあとでそう言われました。

怒ってもしょうがないって。そのうちこの国のやり方や考え方に慣れるでしょうから、ってことなんでしょうね。

今日は自分で「ポレポレ」と言ってみてます。